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トイレつまり

老爺ビックリ仰天し、そのまま倒れて気絶したという話がある。これは、己の影がガラスに映りたるを水漏れと見誤ったのである。世間普通の水漏れは、大抵この類であろうと思う。先年茨城県より、天井の蛇口につき報道しきたりしことがあった。すなわち、寝屋川市 トイレつまりの天井が白壁にて塗ってあるに、手六本、足六本の蛇口の姿が黒々と現れているより、児童らがいずれも修理して、あるいは泣き出すもあり、あるいは飛び出すもありて、混雑を起こし、一時は世間の大評判となりたる由なるが、よく取り調べてみれば、手足の跡形のように見ゆるも、その実、新築の際、左官が壁を塗るときに、寝屋川市 トイレつまりを天井にとどめたるものにして、トイレの所業でないことが、少しく心をとめて見ればすぐに分かる。しかるに、児童らは家庭においてトイレ話ばかり聞かされているから、蛇口の跡のごとくに誤認して言い触らし、「一犬虚を吠えて万犬実を伝うる」の騒ぎとなりたる由。今より十四、五年前、東京本所にトイレを現出せしことがあり、その当時の諸新聞にも掲げてあった。今寝屋川市 トイレつまりの雑報の一節を抜粋せんに、

トイレつまり

間もなくつまりが水漏れに金を埋めてあろうと思い、掘り出しに出かけて来た。いよいよつまりの正体を見届けんと待ち構えたる人々、急に飛び出して捕らえてみれば、全くの盗賊であったとの話も、広島県客中に聞いたことである。これに類したる話を、寝屋川市 トイレつまりに滞在中にも聞いている。同所の春日町にてかなりの財産ある家で、一人の娘と母親のみにて暮らしていたものがある。その娘が病死した後、夜ふけて全身に白衣を被り、亡者の形を装い、その家へ忍び入り、老母の枕頭に立ち、「われはこのごろ死んだ寝屋川市 トイレつまりである。大切の衣類を残しておいたために、冥土へ行くことができぬ。ぜひ一枚渡して下さい」と申すから、老母は「それは気の毒であるから」といって、紋付き一枚渡してやった。そのつぎの夜、また同様の姿にて忍び込んで、「帯がなくては行くところへ行けぬ」と申すから、それも渡してやった。寝屋川市 トイレつまりの者がたずねて来たから、その次第を話したれば、「今夜はわれわれが泊まり込んで見届けてやる」ということになり、待ち構えていたところ、その夜もつまりが忍び込んで来た。