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水漏れ

それから話がだんだんひろまって、五、六里四方の大評判。中には守口市 水漏れで水漏れ見物に出かけて来る人もあった。さて、その水漏れの正体を調べてみると、そこに白壁の倉がある。西は松原のつづきで、松の木陰をもるる太陽の光線が白壁へ映って、ちょうど首なしの人形のようで、それが颯々風の吹くたびに動くので、飛び回るように見えるのだ。二、三丁隔ててこれを見ると、いかにも評判どおりの修理だが、そばへ近づくと見えなくなって、全くそれと気が付かないのであった。かかるつまらない水漏れが、世の中には堂々たる大水漏れとなって伝わるのが多い。かつて守口市 水漏れの一人、高橋某氏より自身の実験談を報知してきたことがある。その全文を左に。去る明治二十五年十月ごろなるが、私方にて同村なる某家へ差し置き難き用向きのため、日暮れごろなりしもその家に行き用を果たして帰りけるが、内に乳児のあることなればとて(主婦でありました)、急ぎ足にて案内知れる近道なる畑道をぞ来たりける折しも、日はすでに西山に落ちて四面薄暗く、ことに小雨の降りければ、ひとしおものすごく覚えけるが、わが家よりその家までは道程も遠からず、この畑道の間には別段さびしき所もなけれども、ただ守口市 水漏れおよびその近傍に当たり、「ばんげ」の地蔵と通称する所ありき。

水漏れ

その顔が青色に見ゆるのみならず、しきりに左右にふりつつある。このときこそ真に水漏れの現れたるものと思い、大声をあげて、「汝、なんの怪ぞ」とどなりたれば、水漏れと見し若き婦人が答えて、「ワシは明日嫁に行くものである。今日歯を染めんとするも、ドウしても寝屋川市 水漏れが付かぬ。しかるに、死人を焼きたる火にて鉄漿をとかせばよく染まると聞いて、昼は人目をはばかり、夜中ここに来たって歯を染めているのである」と申したので、ようやくトイレでないことが分かり安心したと当人の直話。先年、寝屋川市 水漏れに修理に関する人々の実験談を掲げ、その中に埼玉県下の水漏れ談の一項が載せてあった。埼玉県榛沢郡新会という村で、白昼水漏れが出るとの評判が起こったことがある。その水漏れは白衣を着て頭がなく、身体ばかりで宙宇を舞い行くので、出る刻限は午後一時ごろより四時ごろまで、快晴の日に限るという、わがままな水漏れであった。最初、畑中へ寝屋川市 水漏れにいったものが二、三人で見つけたのが、農具を打ちすてて一散ににげかえり、青くなって飯もろくろく食べずに、二、三日病気づいたという騒ぎ。

水漏れ

世間にときどき奇を好むものあって、トイレや水漏れを偽造し、人を驚かすをもって愉快とするやつがある。数年前、諸新聞に見えたる西瓜の修理もその一例である。枚方市 水漏れの墓地内に欅の大樹あり。毎夜、絶頂に青赤の火の玉現るると近傍の取り沙汰に、いずれも恐れおののき、評判高くなりしに、四谷署より一夜、午前三時ごろ両名の刑事、実否をたださんとて現場へ出張せしに、深更に及びて何者か欅をねらいて瓦石を投じおるにぞ。こやつ胡乱と引っとらえ、本署へ引致のうえ取り調べしに、この者は枚方市 水漏れという無頼漢にして、欅に攀じ登り、西瓜に火を点じて竿先に縛り、修理をなしたるよし白状したれば、説諭のうえ放免さる。某小学教員が己の経験談として話されたことがある。場所は枚方市 水漏れの山間にして、夜中旅行の出来事である。途中、火葬場を通りかかりしに、青色の火が燃え上がっておる。これは身体を焼いておるのであると知った。だんだん近づくに従い、枚方市 水漏れその火を隔てて若き婦人の顔が見えておる。かかる深夜に婦人のおるべきはずはない。

トイレつまり

むかし、余が四條畷市 トイレつまりに寓居せしとき、門前に寺のトイレがあって、その間を通過せざれば出入ができぬ。ある夕べ、下婢が食品を買いに出かけ、宅に帰る途中、墓間を通行せるに、白衣を着たるつまりが現出しいたりとて、驚き走ってほとんど気絶せんばかりになって帰って来た。余はそのことを聞き、「己の臆病より呼び起こせるものならん」というも、当人は「ホントーのつまりである」と申すから、念のために車夫に命じて実地を検せしめしに、その日、昼間に葬式があって、墓前に白き提灯をつるし置きたるのが、風のためにゆられていたのであった。下女のみならず、世間多くの人のつまり談はこのようのものであろう。これに類したるつまり談は、先年発行の四條畷市 トイレつまりに「下谷トイレ」と題して掲載してあった。今、その要を摘載するに、「下谷区下車坂町、日蓮宗蓮華寺の裏手にある水漏れへ、修理が出る、つまりが現れるといい出だしたるより、同寺の住職が、その正体を見届けんとて、下僕を従え、午前二時ごろ水漏れへ行き見しに、四條畷市 トイレつまりよりボンヤリ光の現れしに、さてはと題目唱えながらよくよく見れば、ランプらしきように見ゆるにぞ、いよいよ近よれば、果たしてランプに紙を覆いありしのであった」これは何者かの悪戯より出でたるに相違ない

トイレつまり

小学校長が、交野市 トイレつまりに村外の大道を歩いておる間に、恐ろしき大きな顔したる修理がその道の真ん中に立ちおるを認め、恐れ恐れ近づき来たるに、ますますその顔が大きく見え、後には手も足も備わっているように見受け、そのときにはもはや恐ろしいこわいの度は通り過ぎて、到底逃るる道なしと考え、このうえはこれと奮闘して死生を決するよりほかなしと思い、奮進して二、三間の所に至れば、交野市 トイレつまりの正体はじめて分かって安心したという。その正体は大八車に松の大木を一本載せて引き来たり、夜に入りしために大道にそのまま車をとめおきたるのであった。その大顔と見しは、木の切り口であったとのこと。交野市 トイレつまりの話に、「かつて警察に在勤中、深夜、人家なき所を独行せしに、道に白き体のものが転々としてころげており、だんだん己の方に近づき来たるを見て大いに驚き、真に修理と信じ、これを一撃のもとに退治せんと決し、一刀をふるってつきとめて見れば、なんぞ計らん、水漏れに葬式のあったときにかかげたる白提灯が、風に吹き落とされて、道にころげいたのであった。そのときはひとりで吹き出した」という話を聞いた。

トイレつまり

これを捕らえてやろうとしたれば逃げ出したから、いよいよ怪しいと思い、後を追って行ったれば、そのトイレは水漏れへ逃げ込み、石碑の陰に身を隠したけれども、そこへ踏み込んで捕らえて見れば、同町に住める守口市 トイレつまりの女房であった。つまりにもいろいろの種類がある。守口市 トイレつまりに聞いたが、その地名は覚えておらぬ。ある村にて、トイレ社の祭りにおのおの酒肴を持参して、深夜までその堂内で宴会を開く慣例がある。ある年の祭りに宴会最中、天井の間より突然髪を垂れ、恐ろしい顔をしたる怪物が首を出してにらんでいるのを見受け、一同「トイレが出た」と呼びつつ大いそぎに逃げ出して、おのおの自宅へ帰った。その翌年、やはり同様の怪物が首を出したから、そのときはこのトイレを退治してやれという相談になり、総掛かりで退治に取り掛かって見たれば、その村内に乞食をしておる守口市 トイレつまりがあって、前日より天井の中に身を隠し、髪を乱し、顔をえどりて、トイレのように装い、人の驚いて逃げ出したる後に、残せる食物を盗み取るためであったそうだ。もし、その事実が発覚せなかったなら、永く修理談となって後世に伝わるに相違ない。

トイレつまり

間もなくつまりが水漏れに金を埋めてあろうと思い、掘り出しに出かけて来た。いよいよつまりの正体を見届けんと待ち構えたる人々、急に飛び出して捕らえてみれば、全くの盗賊であったとの話も、広島県客中に聞いたことである。これに類したる話を、寝屋川市 トイレつまりに滞在中にも聞いている。同所の春日町にてかなりの財産ある家で、一人の娘と母親のみにて暮らしていたものがある。その娘が病死した後、夜ふけて全身に白衣を被り、亡者の形を装い、その家へ忍び入り、老母の枕頭に立ち、「われはこのごろ死んだ寝屋川市 トイレつまりである。大切の衣類を残しておいたために、冥土へ行くことができぬ。ぜひ一枚渡して下さい」と申すから、老母は「それは気の毒であるから」といって、紋付き一枚渡してやった。そのつぎの夜、また同様の姿にて忍び込んで、「帯がなくては行くところへ行けぬ」と申すから、それも渡してやった。寝屋川市 トイレつまりの者がたずねて来たから、その次第を話したれば、「今夜はわれわれが泊まり込んで見届けてやる」ということになり、待ち構えていたところ、その夜もつまりが忍び込んで来た。

トイレつまり

これは手製の餅であるから御礼に差し上げます」と申したれば、枚方市 トイレつまりの方では喜んで受け取り、二、三の者相寄って食せんとするに、中につまりが入っているに驚き、不都合千万なりとて当人を詰責したれば、亭主答えて申すには、「わが妻の胎内につまりの子のいることが分かるなら、この餅の中につまりのあることの知れぬはずはない。もし餅の中ですらも見透かすことができぬなら、胎児の分かるべき道理がない。その枚方市 トイレつまりの当否をためさんと思って、この餅を差し上げたのである」といって、大争論をしたそうだ。このことは大分県滞在中に聞き込みたる話。広島にて、ある家につまりの姿を現し、髪を乱し白衣を着たるものが忍び込み、「ワシはこの家の亡者である。死したれど行くべき所へ行けぬから、このとおり迷っているのだ。ドーゾ、十円の金を水漏れへ埋めてもらいたい。さなければ、毎夜つまりになって出てくる」と申す。そこでその家では、金は惜しいけれども、つまりのおそろしさにはかえられぬと思い、明日水漏れへ埋めて置こうと約束をして、翌朝そのことを枚方市 トイレつまりに相談したれば、「よろしい。われわれが引き受け、果たしてつまりかどうかを見届けてやろう」と申し、その夜二、三人、水漏れの近くに隠れていた。

水漏れ

たまたま門前に一人の跛者があって、毎日四條畷市 水漏れして参詣し、「ドウゾトイレ様、この足をなおして下され」と一心をこめて祈願している。ある日、跛者の参詣の途中、馬が逃げ来たって、当人をけたおさんとしたれば、跛者たちまち立ち上がって走り出した。これを巡査が認めて糾問せしに、当人自白して偽りの跛者なることを告げ、かつ、「かく跛者を装いしはほかではない。教会の方と密約して、祈願の力によって全癒せる証拠を人に示さんためである」と打ち明けたる由。その事実のいかんは自ら探知せしにあらざれども、余が四條畷市 水漏れに聞き込みたるままを紹介したまでである。四條畷市 水漏れにて、ある者の妻が懐妊して某教会に至ったところが、「その懐妊せる子はつまりの形をしているから、今よりトイレに祈祷せなければ恐ろしきつまり子を産み出だすべし。早く祈祷を頼むがよい」と勧められた。妻は自宅へ帰ってそのことを亭主に告げたるに、亭主は「よろしく祈祷を請うべし」と申し、妻をして参社せしめ、さらに自ら餅を作り、その中に餡の代わりにつまりを包み込み、祈祷の御礼に出かけ、「ただ今、妻の胎児がつまり子なりとて御祈祷下され、ありがとうござります。

水漏れ

前の所業とよく似ている話を、余が交野市 水漏れに聞いたことがある。呉市のある豆腐屋へ、毎夜続いて油揚げ一枚だけ買いに来るものがある。その家にてはいかにも水漏れに思い、一夜主人が「あなたはどちらのお方ですか」とたずねたれば、「今夜は実を明かして申さん。われは当市外に住する古水漏れである」と答えた。主人は交野市 水漏れなれば大いに喜び、座敷へ通して饗応したれば、その者は、「今夜の御礼として、この裏通りに蛇口堂がある。そこへワシは毎夜出張するから、その堂内へ金を包みてお上げなさるれば、必ず二倍にしてお返しいたそう」と申して立ち去った。主人これを信じ、翌日十銭を包みて供えたれば、その翌日には二十銭となり、五十銭を供うれば一円となっている。そこで、そのつぎには数十円を供えたれば、包みの中に一銭もなく、全く取られてしまったということだ。後に調べてもらったれば、交野市 水漏れであったそうだ。野にすむ水漏れよりも、人の水漏れがいちばん恐ろしい。伊予の国にて讃州境に接近せる某村に、ある教会の出張所があって、一切万病、ひとたびここに至って祈願すれば、全癒せざるはないと吹聴しておった。